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あの3.11から3年

本日は3月11日です。

東日本大震災より3年が経ちました。

明後日は、本短期大学の卒業式ですが、児童生活専攻専攻科(3年生)の学生は、あの震災の年に高校を卒業し、短大に入学した学年です。

甚大な被害を受けた被災地「ふるさと」の姿に後ろ髪を引かれながら、新しい生活のため上京して本学に入学した2名の学生に話を聞きました。

Eさんのふるさとは宮城県気仙沼市です。

「あの日から避難所生活を余儀なくされ、津波の被害で瓦礫の山を越えながら、何とか形を残した自宅の片付けに追われる毎日でした。また、高校の卒業式は延期されて行われたものの、震災後のガソリン不足の影響で学校に通うことができず、卒業式を欠席するしかありませんでした。まだ、電気も水道も復旧していない状態の最中、自分一人で短大入学のために上京することに不安と後ろめたさを感じながらの4月でした。あの日から3年、ふるさと気仙沼はまだまだ復興途上で、瓦礫が少なくなったり新しい建物が建設されてきたりと長い時間をかけて復興しつつあります。私は、4月から埼玉の保育園への就職が決まっています。気仙沼では、震災時の保育中だった園児の死亡者は0名でした。それぞれの園で保育者の素早く冷静な判断が園児を守ったと聞きました。これから自分も保育者になるので、子どもたちの安全を一番に考え行動できる保育者になりたいです。」

Kくんのふるさとは青森県八戸市です。

「あの地震が起きたとき、僕は地元のスーパーでバイト中でした。棚のものが全部落ちて瓶が割れたり物が倒れて散乱したり、一瞬で大変な状況になりました。地元の高齢者が買い物によく来るスーパーだったので、ぐちゃぐちゃの店内から高齢者の方々を外に避難誘導するのがとても大変でした。それから数日後、短大入学のため上京しましたが、祖父の家が津波の被害を受けたことがとても心配で、東京から毎日電話をしていました。11月には幼稚園実習を地元の八戸で行い、津波の水の痕が自分の頭より上のラインに残る祖父の家から実習園に通いました。実習園へ通う道には船が打ち上げられていたり、木くずや瓦礫の山がたくさんある状態でした。あの日から3年をかけて少しずつ道路上の船はなくなり、新しいお店なども建てられ始めた景色を見て、少し安心しました。震災の大変さを肌で感じた人間として、有事の際に人を支援できる人間になっていきたいです。この3年は色々なことがあったのに、とても早く感じました。」

これから社会に踏み出す2人ですが、このような経験が生かされて将来の自分の夢に向かう姿に感動します。

彼らの巣立ちに心からの拍手を送りたいと思います。                            C.Y

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